成層圏基地局「HAPS」実用化への大きな歩み。電波伝搬モデルの国際標準化を達成

4 ヶ月前 15
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成層圏通信システムの実現へ。新たなHAPS伝搬モデルの国際標準化に成功

NTN(Non-Terrestrial Network)の一つ、成層圏から地上に電波を届けるHAPS(High Altitude Platform Station)は、未来の通信を担う技術です。

成層圏通信システムの実現に向けた国際的なルール作りが進む中、HAPSで第5世代移動通信システム(以下「5G」)などの通信を行う際に、エリア設計に用いるためのモデルをソフトバンクが開発。2023年9月に国際電気通信連合の無線通信部門(以下「ITU-R」)においてHAPS向け「電波伝搬推定法」へ追加・改訂され、国際標準化を達成しました。国際標準化に取り組んだ担当者へ話を聞きました。

表英毅(おもて・ひでき)

ソフトバンク株式会社
テクノロジーユニット統括 基盤技術研究室 新技術研究開発部 部長

表 英毅(おもて・ひでき)

移動体通信システムの電波伝搬に関する研究に従事。ITU-R SG3(International Telecommunication Union Radio Communication Sector Study Group 3)にて移動体通信の電波伝搬の標準化にも携わる。2017 年から、成層圏通信プラットフォーム (High Attitude Platform Station:HAPS)の電波伝搬モデルの研究開発に従事し、
ITU-R SG3における国際標準化活動を主導している。

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

今回、国際標準化されたモデルは一体どのようなモデルですか?

HAPSの無線通信システムのエリア設計を行う際に、HAPSの機体数や配置、アンテナ設計などを詳細に検討するための「システムデザイン用電波伝搬推定法」の一部です。

2021年9月に国際標準化された「干渉検討用電波伝搬推定法」と何が違うのでしょうか?

HAPS向けの電波伝搬推定法には、「干渉検討用電波伝搬推定法」と「システムデザイン用電波伝搬推定法」の2種類があります。干渉検討用は、隣国同士や異なる無線通信システム間の電波干渉を調整するためのモデルですが、システムデザイン用は、安定的にサービスを提供する際、HAPSの機体をどう配置すればエリアをカバーできるかを計算するために使われる推定法、というのが違いです。

他の国や既存システムとの調整のためのものが干渉検討用、HAPSのエリアを適切に設計するためのものがシステムデザイン用、というイメージでしょうか。

そうですね。「システムデザイン用電波伝搬推定法」は、ソフトバンクなどのHAPSを用いて通信サービスを提供する通信事業者が、そのエリア設計や、アンテナの設計などを詳細に行うために必要になります。電波の送受信の位置や周辺環境に応じて電波の伝搬損失、到来角度などを正確に推定することができるものです。

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

「システムデザイン用電波伝搬推定法」が存在しないと、どんなことになってしまうのでしょうか。

地上の基地局を用いたときも同じですが、標準的なモデルがないと、安定的につながる状態を実現するために基地局が必要な場所に適切に設置できないといった事象が発生します。また反対に、すでに十分な設備があるのに、モデルがないことで過剰な設備を設置してしまうなど、利用者と通信事業者双方にとって、最適な状態にならないのです。

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

国際標準化のモデル開発のきっかけを教えてください。

HAPSを用いて通信エリアを構築するためには、HAPSと対象となる他の無線局の間の伝搬特性を正しく推定するための世界共通の電波伝搬モデルが必要不可欠となります。

そのために、ITU-Rにおいて電波伝搬モデルの国際標準化活動が重要となります。ITU-Rでは2012年に国際標準化されたHAPS対応電波伝搬モデルの勧告であるITU-R勧告P.1409-1があったのですが、この勧告は一部の環境における電波伝搬損失の推定には対応していますが、その適用方法が明確ではなかったことと、HAPSで想定されるすべての環境をカバーしていなかったことが、モデル開発のきっかけです。

具体的に明確ではないのはどんな点だったのでしょうか。

HAPSの展開エリアは山岳地帯や森林地帯、都市部、郊外地など多岐にわたりますが、ITU-R勧告P.1409-1はこのような環境に対応していないため、HAPSの展開が想定されるエリアの環境では干渉計算を正しく行うことが困難でした。例えば、植物が電波の通信や伝送を遮り、葉の茂った植物によって電波が減衰し、通信の品質が低下する現象を「植生損失」と言います。HAPSを展開したいエリア内に森林などの環境が存在するのに、これに対応した電波伝搬モデルが考慮されていなければ、実際に到来する電波の受信電力は植生損失の分だけ大きく受信されると推定することになるため、干渉検討やエリア設計をする際に大きな問題となります。

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

計算に必要となるデータを取得するために、実際にヘリコプターを飛ばし、電測車から送信する電波を受信して測定するなどの基礎データの収集を場所や季節を変えて行いました。

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

また、電波は人体に当たることで「人体遮蔽(しゃへい)損失」を受けるのですが、地上の基地局から送信された電波と、HAPSからでは損失の状況が異なります。これを明らかにするためにも車の上に人の模型を付けて、電波を受信して数値を集計するなどの測定も重ねました。他にも、建物などの地物の影響や屋内に電波が侵入する場合の特性についても測定を実施しました。

HAPSの実用化や普及を考えると、絶対に国際標準化が必要だと感じてきました。

そうなんです。HAPSの世界展開を考えたときに、このままでは正しい計算ができないために、展開可能なエリアが縮小されてしまう恐れがあります。そこで、HAPSで想定される全ての環境に対して電波伝搬測定を行い、新たなモデルを開発しました。

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

併せて、ITU-RにHAPS電波伝搬モデルの検討を行う専門グループを設立し、国際標準化活動を推進しました。そして、2021年に干渉検討用電波伝搬モデルの国際標準化を達成し、今回、システムデザイン用電波伝搬モデルの一部の特性について国際標準化を達成しました。

苦労した点を教えてください。

HAPSを想定した測定環境を構築することに始まり、過酷な環境での測定や、国際標準化活動においてさまざまな利害が交錯する関連各国との熾烈(しれつ)な交渉などがあげられます。特に国際交渉は単に技術的議論だけではなく、関連するエリアの政治的な背景も関連しているため、大変困難なものでした。

ケニアでの成層圏測定の様子

測定の様子

国際標準化を推し進めNTNの世界展開へ貢献

「システムデザイン用電波伝搬推定法」のモデル開発は、HAPSの実現にどのような影響をもたらすのでしょうか。

国内外での計測を積み重ね、HAPSの世界展開に不可欠な国際標準化を実現

「システムデザイン用電波伝搬推定法」は、HAPSを用いて通信サービスを提供するソフトバンクなどの通信事業者にとって必要不可欠なもので、送受信の位置や周辺環境に応じて電波の伝搬損失、到来角度などを正確に推定することができるものです。これにより、正しくエリア設計やアンテナの設計を行うことができるようになります。また、HAPSに限らず、NTNにも適用可能です。

HAPSの実用化に向けて、今後さらにどんな技術開発が必要と考えていますか。

今回国際標準化したシステムデザイン用電波伝搬推定法は、HAPSの実用化に必要な要素のうち、まだ一部のため、残っている部分の開発や国際標準化の活動を精力的に継続しています。近いうちに全ての環境に対して全ての特性を正確に推定できるHAPS対応電波伝搬推定法を完成させたいと考えています。

現在ソフトバンクがこの分野において世界を主導していますので、完成版のHAPS向け電波伝搬推定法のほぼ全ての要素をわれわれががんばって開発したいですね。このモデルが完成することで、HAPSはもちろん、NTNの世界展開に大きく貢献できると思います。

電子情報通信学会 通信ソサイエティ論文賞を受賞

表は、今回の「システムデザイン用電波伝搬推定法」の国際標準化に関連する論文「非地上系ネットワークを対象とした電波伝搬測定と国際標準電波伝搬モデルの構築」を執筆し、名古屋大学 大学院 工学研究科より博士号の学位が授与されました。また、関連する論文「Highly Accurate Vegetation Loss Model with Seasonal Characteristics for High-Altitude Platform Station」が、電子情報通信学会の通信ソサイエティのBest Paper Awardを受賞しました。

学位・表彰の写真

写真左:博士学位授与式、写真右:電子情報通信学会の授賞式。左からソフトバンク株式会社 基盤技術研究室 林合祐、佐藤彰弘、表英毅、木村翔、田中翔馬

関連プレスリリース

(掲載日:2023年1月9日)
文:ソフトバンクニュース編集部

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